台湾の民族文化、祭やイベントについて
台湾に初めて行ったのは20代前半。
当時の私は台湾は大陸から渡ってきた漢民族の国と思っていて、華人の建立したお寺を見たり、
中華料理を食べたり、チャイナドレスを作ったり、台湾は漢人の文化を見に来るところだと思っていました。
その意識を変えたのが2008年末に新北投温泉の公共浴場での日本語を話すおじさんとの出会いでした。
たわいもない話をして、再び一人になったとき、おじさんが誰かと話す声が聞こえてきました。
「さっき、日本人に会ったよ。香港の帰りに台北に寄ったんだって。」
「へぇ~、そうなんだ。」
会話中身は私の噂話。しかもバリバリの日本語です。
そして、「今晩はお月様が綺麗だなぁ~。」と独り言の様につぶやくと、
「月が~でたでたぁ、月がぁでた~、あ、よいよい。」と炭坑節を一節。
このとき、驚くと同時にハタと思い出したのです。
かつて蔵前仁一氏の旅エッセイで、彼が台湾の山中にある田舎町に行ったとき、
年配の原住民族の方は日本語を共通語として使っていたという話を。
しかし、その本が出版されたのは大分前で、昔話の一つという気持ちで読み流していました。
まさか自分がそういう体験をするとは思ってもみなかった。それも台北近郊で。
そして、2011年アミ族の豊年祭の見学をきっかけにした怒濤の出会いから
徐々に私の認識が変わっていき、日本統治時代に「高砂族」と呼んだのが
漢民族よりも前に台湾に居住していた、いわゆる"原住民族"のことだったと
初めて頭の中で繋がりました。
戦争を全く知らず、近代史をろくに勉強せずに生きてきた世代にとって、
高砂族とか高砂義勇隊といわれてもピンときていなかったのです。
(ある程度の年代の方には「高砂族の祭に行ったのか」と話が通じます。)
台湾は民俗学者にとって研究対象の宝庫。様々な民族が暮らす多民族国家です。
そして、かつて我々日本人の先祖も少なからず居住していました。
近年、台湾では日本統治時代の文化や風習をその土地の歴史の一部として、復興する動きも出てきています。
先日私が訪れた台湾東部では、はっぴに褌をつけて神輿を担ぐお祭りのポスターがあったくらいです。
神社や日本家屋も次々に修復され、台湾の若者が観光地として訪れています。
そんな台湾の多様な文化に触れた出来事を、民族ごとにまとめて紹介します。
当時の私は台湾は大陸から渡ってきた漢民族の国と思っていて、華人の建立したお寺を見たり、
中華料理を食べたり、チャイナドレスを作ったり、台湾は漢人の文化を見に来るところだと思っていました。
その意識を変えたのが2008年末に新北投温泉の公共浴場での日本語を話すおじさんとの出会いでした。
たわいもない話をして、再び一人になったとき、おじさんが誰かと話す声が聞こえてきました。
「さっき、日本人に会ったよ。香港の帰りに台北に寄ったんだって。」
「へぇ~、そうなんだ。」
会話中身は私の噂話。しかもバリバリの日本語です。
そして、「今晩はお月様が綺麗だなぁ~。」と独り言の様につぶやくと、
「月が~でたでたぁ、月がぁでた~、あ、よいよい。」と炭坑節を一節。
このとき、驚くと同時にハタと思い出したのです。
かつて蔵前仁一氏の旅エッセイで、彼が台湾の山中にある田舎町に行ったとき、
年配の原住民族の方は日本語を共通語として使っていたという話を。
しかし、その本が出版されたのは大分前で、昔話の一つという気持ちで読み流していました。
まさか自分がそういう体験をするとは思ってもみなかった。それも台北近郊で。
そして、2011年アミ族の豊年祭の見学をきっかけにした怒濤の出会いから
徐々に私の認識が変わっていき、日本統治時代に「高砂族」と呼んだのが
漢民族よりも前に台湾に居住していた、いわゆる"原住民族"のことだったと
初めて頭の中で繋がりました。
戦争を全く知らず、近代史をろくに勉強せずに生きてきた世代にとって、
高砂族とか高砂義勇隊といわれてもピンときていなかったのです。
(ある程度の年代の方には「高砂族の祭に行ったのか」と話が通じます。)
台湾は民俗学者にとって研究対象の宝庫。様々な民族が暮らす多民族国家です。
そして、かつて我々日本人の先祖も少なからず居住していました。
近年、台湾では日本統治時代の文化や風習をその土地の歴史の一部として、復興する動きも出てきています。
先日私が訪れた台湾東部では、はっぴに褌をつけて神輿を担ぐお祭りのポスターがあったくらいです。
神社や日本家屋も次々に修復され、台湾の若者が観光地として訪れています。
そんな台湾の多様な文化に触れた出来事を、民族ごとにまとめて紹介します。
台湾の民族的風習・文化・祭・イベントなどに関する記事一覧
阿美族 [アミ族]
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アミ族豊年祭2011:旅の終わりに。アジアの文化と歴史は奥深い。
豊年祭の原住民族文化、萬巒の客家食文化、安平の列強支配の跡と台湾史にふける。
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アミ族豊年祭2011:巴古崙岸部落の豊年祭。参加しました。
小さい部落の豊年祭は部落の人たちの踊りと運動会のような行事が混ざった感じで楽しげです。
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アミ族豊年祭2011:巴古崙岸部落豊年祭。なんとか会場着。
台東市郊外の部落で行われるアミ族の豊年祭。郊外なので行くのも一苦労です。
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アミ族豊年祭2011:巴古崙岸部落の情報収集はホットライン経由で。
ネットで取得した豊年祭の情報を元に観光局で詳細情報を確保。便利でした。
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アミ族豊年祭2011:台東市の原住民族PRイベントに馬総統登場!
台東市主催の馬卡吧嗨に台湾のトップ登場。ローカル色満載でどこかのどかな雰囲気。
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アミ族豊年祭2011:旅程計画推考の上、台北から台東へ。
ネットが発達していても正確な情報を集めるのは一苦労。祭り見に行く前哨戦編です。
布農族 [ブヌン族]
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台東県延平郷桃源村:布農部落休間農場でブヌン族の文化体験。
花東公路途中下車の旅。鹿野駅でおりて原住民族ブヌン族の文化施設に泊まる。
普悠瑪(卑南)族 [プユマ族]
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プユマ族収穫祭2018:初鹿部落と龍過脈部落合同の夏祭りに乱入。
プユマ族初鹿部落の夏祭りは弓競技とブランコなど。小学校の校庭を使って二つの部落の合同で開催します。
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プユマ族海祭2018:夕方からはさらにお楽しみの部落演芸大会!
プユマ族の夏のお祭りの締めくくりは手作り感満載の演芸大会!みんなで歌って踊ってバカ騒ぎして!主に高校生以上が楽しくはじけます。
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プユマ族海祭2018:お昼ご飯の後はお楽しみの相撲大会!
海で外国から来た粟の恵みに感謝して、みんなでお昼を食べた後はお楽しみの相撲大会!日本の相撲に似ているけど、ルールが多少違って、おまけに連勝しないと景品がもらえない!体力のない大人には過酷すぎ!
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プユマ族海祭2018:外国から来た粟の恵みに感謝して。男の祭典。
プユマ族のお祭りレポートの最後を飾る海祭。3月の婦女除草祭で婦人達が総出で粟の除草をしたけれどそれに繋がるお祭りです。そもそもが粟のおかげで今日がある。それを感謝する祈りの祭。その後はお楽しみ行事もあるのだ。
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プユマ族の風習:故郷を無くした友を家族に迎えたり、新築に地鎮祭を行ったり。
友人を家族に迎え入れるための儀式や新しく建物を建てるときのいわゆる地鎮祭。どちらも神様にお祈りして願いを込めます。
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プユマ族大猟祭2017:初鹿部落の年祭。大晦日は徹夜で踊り、正月は青年祭で盛り上がる!
初鹿部落のプユマの男は木製の盾を派手に鳴らす。成人になったらこれができなきゃならんのだ。
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プユマ族大猟祭2017:卑南文化公園で南王部落の大猟祭三度。
2017年末のプユマ族の大猟祭。観光客に有名になりすぎて台湾中から人が集まっている感じでした。
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プユマ族婦女除草祭2017:祭りの後の後夜祭(宴会)
みんなが集まれば宴会が始まる。祭りの後は各家庭で後夜祭(宴会)の続きです。宴会はしごしました。
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プユマ族婦女除草祭2017:最終日は長老宅で儀式と宴会!
婦女祭の最終日はホストの長老(女性)宅の前でちょっとした儀式と慰労会。宴会です。
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プユマ族婦女除草祭2017:女の祭典!婦女祭にちょこっとだけお邪魔虫♪
プユマ族の女の祭典。婦女除草祭の最後に参加。女が主役でばあちゃんが一番偉い!祭りです。
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台湾原住民族舞踊団:高山舞集文化芸術団の年越し舞踊ショー
台東を拠点にする原住民族舞踊団「高山舞集文化芸術団」の本業を見学。エンタメ。
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プユマ族大猟祭2012:初鹿部落の大猟祭は大晦日から一晩中続く。
台東の初鹿部落の大猟祭は大晦日の夕方から一晩中歌って踊り続けます。体力すごい!
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プユマ族大猟祭2012:卑南文化公園で南王部落大猟祭2012開催!
2012年は山ごもりは雨続きだったが、祭り当日は雨が上がった。大猟祭の様子です。
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プユマ族大猟祭2012:前日に花の冠とアバイを作って祭の準備
祭りの設営は女の仕事だが、結構な重労働。冠作りは肩ががちがちになります。
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プユマ式結婚式:会場を移動して飲み直し。宴会です。
婚礼の後の二次会?お茶を飲む人も多い中、飲み足りなくてばあちゃんたちと米酒で乾杯!
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プユマ式結婚式:民族式婚礼に台湾メディアも大集合。
大量のカメラが団子になって新郎新婦を追いながらの結婚式。おめでとうございます。
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プユマ式結婚式 :婚礼会場。牛車と台東市長と普悠瑪族。
プユマ式結婚式は大猟祭と同じ卑南文化公園。牛はいるし市長は来るしTVカメラも入った。
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プユマ族大猟祭2011:少年猴祭。少年が大人の第一歩を踏む。
中学校に場所を移し部落あげての舞踊会。〆は男たちが各家庭をまわり歌い踊ります。
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プユマ族大猟祭2011:狩りを終えた男たちが山から帰還!
少年を大人の男にするために山にこもって修行。猴祭と大猟祭はプユマ族の最重要行事です。
魯凱族 [ルカイ]
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ルカイ族結婚式(魯凱婚禮)の宴会準備は豚の解体から。
ルカイ族の結婚式の前日に家族親族総出で料理の準備中でした。豚の解体から始まります。
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霧台周辺散歩で神山部落など。阿礼部落は八八水災の影響で行けず。
霧台の先の山奥の村は2009年の豪雨の影響で村ごと移転を余儀なくされました。
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霧台に住むルカイ族の伝統的な食べ物や霧台名物のご紹介。
山の上で暮らす霧台のルカイ族の人たちは山の恵みを伝統的に食べてきました。粟、赤いキヌア、愛玉子にイノシシ。珈琲は日本統治時代以降の名産品です。
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霧台の石板屋(スレート造りの家)集落と団結の教会
スレート材を利用して柱も使わず作った石板屋とそのルカイの精神を注入して作った教会を詳しく紹介します。
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スレートを使った石造りの家に住むルカイの村 霧台へ。
屏東県の最北端。山間でスレート住宅が特徴のルカイの村へ。名物はコーヒーと粟と愛玉。